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【コラム】暑いとなぜ言い合うのか

2019年9月2日の日経新聞)に掲載された認知動療法研修開発センター 大野裕氏が書いた
「こころの健康学」のエッセイに共感した。

大野氏によると、暑いときには思春期に読んだ石川啄木の文章を思い出すということである。

人間は…孤高の動物ではない。『暑い』と言っても汗が減りはしないのに『暑い』と言い合うのは、一人で泣いたり笑ったりしないのと音字、自己表現をしようとする『人間の本能』だと考える。
大事なのは、『暑い』という言葉の意味ではなく『暑い』と言いあうことで互いの気持ちを通わせあうことなのだと、啄木は言いたいのだろう。

と言っている。(後にこの出典は石川啄木「汗に濡れつつ」ではないかということが分かる)

最近、一人旅をしたのだが、ホテルで食事をしていたときに何組かカップルで食事をしていた。
そのときにふと感じたことはとくに食事しているときの会話がほとんどないことだ。
何十年も連れ添った熟年カップルならまだしも、出てくる料理の写真をとって、
「これおいしいねー」なんていうこともなく、お互いに黙っているのだ。
楽しくなさそうに感じるのは私だけだろうか?
言葉を分かって欲しいわけではなく、「気持ちを通わせあう」って恋人や夫婦にとってとても大事なことだと思う。
会話のないカップルが幸せならばそれでよいのかもしれないが…。